2014年09月29日

唯「雨の話」

1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/08/17(金) 00:48:58.13 ID:i/pNLshAO
【唯先輩はきっとわたしを忘れるよ】


2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/08/17(金) 00:54:33.46 ID:i/pNLshAO

雨がやまなかった。
思い出せないくらい昔から、ずっと。
ざああああって雨が跳ねる音が聞こえてて、ブレードランナーみたいですねって、あずにゃんが言った。

唯「なにそれ?」

梓「映画ですよ。雨の降る未来都市が出てくるんです」

唯「じゃあこの街といっしょだね。テレビでやってたよ『雨の降る街桜が丘』って」
梓「映画もこの街ほどじゃないですけどね」



4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/08/17(金) 01:00:12.07 ID:i/pNLshAO

あずにゃんは笑うような変な顔をしました。
わたしはまた窓の外に目を向けました。
家の一階部分を埋め尽くすまで積もった雨。
男子高校生がふたり、屋根の上をぴょんぴょん飛んでいきました。

唯「わたしもああやって学校通おうかな」

梓「やめといたほうがいいですよ」

唯「なんでさ」

梓「転んで、ぼちゃん、ですよ」

唯「む……そんなことないよ」

梓「素直にボートで通ってくださいよ。もし唯先輩に何かあったら嫌ですよ」

唯「えへへ。それは……」

梓「違います」

ちぇっ、舌打ち。
あずにゃんは素直じゃないっ独りごちる。
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/08/17(金) 01:03:20.86 ID:i/pNLshAO

唯「それはそうとさ、あずにゃんは学校行かないで何してるの?」

梓「映画見たり、寝たり、ギター弾いたりしてますよ」

唯「そっかあ。だからさっきの映画も知ってたのか」

梓「そうです」


6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/08/17(金) 01:09:54.77 ID:i/pNLshAO

唯「あ、そうだ。今日はあずにゃん家で演奏する日だからね。寝てたりしちゃあだめだよー」

梓「大丈夫ですよ。忘れてるわけないじゃないですか」

唯「あのこわーいおばさんまた来るかな?」

梓「あの人なら引越しちゃいましたよ。もう雨は嫌らしいです」

唯「そうなんだあ。みんないなくなっちゃったねー」

梓「そうですね、人口も半分切ったんでしたっけ」

唯「……雨の日も楽しいのにね」


7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/08/17(金) 01:10:42.10 ID:i/pNLshAO

梓「まあ、これだけ続けばいくら楽しくたって飽きちゃいますよ」

唯「あずにゃんも飽きちゃう?」

梓「さあ。それはわかんないですけど、でも、いつの間にか雨が降ってることが当たり前になっちゃいましたね」

唯「そうだね」

梓「なんにでも慣れちゃうんですよ」


8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/08/17(金) 01:11:16.30 ID:i/pNLshAO

わたしたちは黙ってしまうのです。
静かになると雨の音だけになってちょっとやだなあ。
だから慌ててわたしは言いました。

唯「あずにゃんはなんで学校行かないで引きこもってるの?」

梓「引きこもってなんかいませんよ」

唯「えーじゃあ何なの?」

梓「雨宿り、してるんです」

唯「雨宿り?」

梓「そうです」

唯「部屋の中で?」

梓「はい」


9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/08/17(金) 01:11:54.68 ID:i/pNLshAO

唯「雨が止んだらどこに帰るの?」

梓「それはまだ……雨が止んだら考えますよ」

唯「じゃあ……じゃあさ、雨が止んだらわたしのとこに帰ってきてよ」

梓「一度でも唯先輩のところにいたことはないです」

唯「だめ?」

梓「別にいいですけど」

唯「やった」

梓「ただ、この雨が止むとは思えませんよ」

唯「わかんないよー。後で後悔しても遅いからねっ」


10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/08/17(金) 01:14:27.55 ID:i/pNLshAO

梓「というか、先輩、学校遅刻しないんですか?」

唯「……あ」

梓「急いだほうがいいですよ」

唯「もう間に合わないなあ。わたしボート漕ぐの下手なんだよね」

梓「屋根を走るのは?」

唯「おおっその手が」

梓「ダメです。じょーだんですからね」

来た時と同じように2階の窓から外に出ました。
水玉模様のおしゃれな傘をぱっと開く。
出ていく時にあずにゃんは言ったんだ。
小さな声で。
きっとわたしには聞こえないと思ったんでしょう。


唯先輩はきっとわたしを忘れるよ



11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/08/17(金) 01:19:03.68 ID:i/pNLshAO

学校からの帰り道、わたしたちは2つのボート、つまり……ボートってなんて数えるんだろ?
1台、2台?
こういうとき、物の前に数字をつけて呼べばいいのになって思うよ。
1ボート、2ボート、3りっちゃん、4人、あずにゃん足して5人。
ってりっちゃんに言ったら、わたしは三人もいねえよってどやされました。


12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/08/17(金) 01:26:35.80 ID:i/pNLshAO

律「おーい梓、窓開けろー。はやくしないと濡れる濡れる」

梓「鍵あいてますよ」

律「あ、ほんとだ。ちーす」

紬「こんにちはー」

澪「おじゃまします」

唯「あずにゃーんっ。会いたかったよー」
梓「今朝会ったばっかじゃないですか」

唯「まあまあ」

13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/08/17(金) 01:38:13.62 ID:i/pNLshAO

梓「タオルどうぞ」

澪「ありがと」

律「ふへー。それにしてもすごい雨だこと」

紬「いつものことなんだけどね」

唯「ギー太を守るのに精一杯だよ」

梓「雨は楽器には良くないですからね」

澪「まったく。ミュージシャンには絶対向かない環境だよな。ここも」

律「でも、そんな街で活動を続けるわたしたちってすごくね」

梓「そういうのですごくたって仕方ないじゃないですか」

唯「そうだよ、りっちゃん。わたしたちは演奏ですごくなるんだよ」

律「お前が言うかー」

唯「えへへ」


14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/08/17(金) 01:42:32.26 ID:i/pNLshAO

律「それにもう1つ、この部屋はミュージシャンに向かない理由があるよな、澪」

澪「あのおばさん……」

梓「澪先輩なんて、最近のチャカチャカした女子高生はまったくこれだからとか言われてましたもんね」

唯「澪ちゃん、チャカチャカー」

澪「うぅ……やめてくれよ」

紬「チャカチャカって何かしら?」

律「さあなあ」


15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/08/17(金) 01:47:10.79 ID:i/pNLshAO

澪「まあでもこんなところで演奏するわたしたちも悪い」

紬「というかわたしたちが悪いね」

唯「悪だねっ」

梓「嬉しそうに言うことじゃないですよ」

律「でも、あの人家4つ向こうだろ。耳いいよなあ」

唯「周りの家が空っぽだからよく聞こえるんじゃないかな」

律「そんなことってあるか?」


16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/08/17(金) 02:01:34.85 ID:i/pNLshAO

梓「でも、あの人も引っ越しちゃいましたけど」

紬「まさか、わたしたちのせい?」

梓「違うと思いますよ。最後に挨拶に来て、いつも怒ってたけど別にそんなに嫌なわけじゃなかったって言ってました。楽しかったくらいだったって。ホントに嫌だったのはやまない雨だって」

律「なんかあれだな。ずるい別れかただ」
唯「これが、ツンデレってやつかな」

澪「違うと思うぞ」


17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします2012/08/17(金) 02:04:05.42 ID:i/pNLshAO

律「じゃあ、まあ、やるか」

澪「セッション」

唯律「ティータイムっ」

紬「ふふっ」

梓「はあ」



26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/08/22(水) 00:57:01.14 ID:egaKirXt0
律「そういやさ、ライブすることになったんだよ」

梓「ライブ?」

律「ほら、学園祭はこんななんやかんやでなくなっちゃったわけだしさ。それで」

梓「へええ、いいじゃないですか。で、いつどこでやるんでしょうか」

律「それは、ま、そのうちな」

梓「はあ」

澪「律は企画するだけ」

律「今度は大丈夫だってさ」

澪「ほんとかー」

律「任せろっ」

というわけでこの件は全部律先輩に任せることになった。

27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/08/22(水) 01:01:31.85 ID:9jUc/Y6So

そのあとちょっと練習をして解散になった。

唯「わたし今日はあずにゃんの家に泊まってくよ」

澪「あ、そう?」

律「あつあつだなあ」

紬「ねー」

唯「だから、また明日ねー」

律澪紬「ばいばいー」

みんなは手を振って出て行きました。

梓「聞いてませんよ」

唯「ダメ?」

梓「だめです」

唯「でも、もうそういう予定だったのに」

梓「それは唯先輩の話じゃないですか」

28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:05:12.36 ID:egaKirXto

唯「よし、じゃあ雨宿りだっ」

梓「え?」

唯「雨が降ったら帰るよ」

梓「……む」

唯「それならいいよね」

梓「……ずるいです」

唯「えへへ」

梓「でも、1日だけですよ」

唯「やったあ」

29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:05:41.04 ID:egaKirXto

もう夜遅くなっていて、お腹がすいてきました。
何か食べようとわたしが言うと、カップラーメンを3つあずにゃんは持ってきてくれました。

唯「あったかいね」

梓「そうですね」

2つのカップラーメンを消費して、残りの1つは半分こしました。
わたしが1口食べて今度はあずにゃんが1口食べる。
それを繰り返すのです。

唯「あずにゃん、あーん」

梓「あ」

唯「口、ちっちゃいねー」

梓「いいじゃないですか別に……」

唯「あずにゃん、にゃーん」

梓「にゃあ」

ぺこんっ。

唯「いて」

30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:06:08.17 ID:egaKirXto

梓「もう寝ましょうよ」

唯「えー。お話とかしようよ」

梓「じゃあ、いつ寝ちゃってもいいようにベットにいます」

唯「寝る気だ」

あずにゃんはベットに潜り込んだ。

梓「嫌になっちゃいますよね」

唯「なにが?」

梓「雨が降ってるの」

唯「そうかな」

梓「最初は雨がやまなくて晴れがなくてみんな困ってたのに今はどうでもよくなって」

唯「それは慣れちゃったんだよ」

梓「それか街から出るか」

唯「もしかして、あずにゃん、引っ越すの?」

梓「やめましたよ」

唯「そうなの?」

梓「家族は引っ越すことに決めたんですけど、わたしはここに残ります」

唯「よかったって言っていい?」

梓「いいですよ」

唯「よかった」

梓「きっと、どんな嫌なことがあったって慣れちゃうんですよね」

唯「そうだねー」

梓「嫌ですよね。いつかどうでもよくなるってわかっちゃうのは」

31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:06:39.63 ID:egaKirXto

わたしはベットの中に入り込みました。
あずにゃんは何も言わない。

唯「ねえねえ」

梓「なんですか」

唯「二人だと狭いね」

梓「そんなの知ってます」

唯「そっかあ」

梓「……ごめんなさい」

あずにゃんは言いました。
涙混じりの声で、わたしはあずにゃんの涙の味を知りたくなりました。
あずにゃんはわたしと逆向きに転がる。

32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:07:06.76 ID:egaKirXto

梓「ごめんなさい。先輩に迷惑ばっかかけて」

唯「迷惑じゃないよ」

梓「先輩たちはいつも優しくて……それで……ごめんなさい」

唯「あずにゃん悪いことした?」

梓「だって、こんなに暗いことばっか」

唯「あずにゃんは笑ってる方が好きなんだね」

梓「誰だってそうじゃないですか」

唯「そうかな。わたしはあずにゃんといるのが好きだよ」

梓「はあ」

唯「もちろん笑ってるあずにゃんもね、泣いてるあずにゃんも、怒ってるあずにゃんも好きだよ。でも、それよりずっとあずにゃんといるのが好きなんだ」

梓「……」

唯「だからね、何してたって変わんないよ」

梓「……」

唯「あれれ……寝てる?」

それをいいことにわたしはあずにゃんの腰のあたりを抱きしめました。
外では雨の音。
真っ暗なところだと音がいつもよりはっきり聞こえて。
寝たふりをしていたあずにゃんが呟きました。
やめてくださいよ。
わたしは寝たふりをした。


33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:08:29.79 ID:egaKirXto

【こっそりピクニックに行こう】

34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:08:58.18 ID:egaKirXto

夢を見た。
今にして思えばそれは夢だった。
唯先輩は布団の中で楽しかったよ今日は、日曜日はこうじゃなくちゃって言った。

35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:09:34.09 ID:egaKirXto

※ ※ ※

唯「よっ。あずにゃんっ」

梓「今日は日曜日ですよ」

唯「ピクニックに行こうっ」

梓「いきなりなんですか」

唯「聞いてた?」

梓「ピクニック」

唯「ピクニックっ」

梓「嫌ですよ。雨宿り中ですし」

唯「だって、ほら今日はピクニック日和だよ」

わたしは窓ガラスの方を見た。
世界はぼんやりとしか見えなくて。
でも、それはいつものことだったけど。

36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:10:01.22 ID:egaKirXto

梓「ひぃああ……どこがピクニック日和なんですか。日曜日は寝ていたいんです」

唯「そんなに真っ暗な部屋の布団の中にいるとあずにゃん、もぐらになっちゃうよっ」

梓「もぐら?」

唯「もぐらだよ」

梓「いいですよもぐらでもなんでも」

唯「ねえー。いこうよーーあずにゃんいこうよーー」

梓「大きな声出さないでください。眠いので」

唯「もう、お弁当だって作ってきちゃったんだよっ」

梓「憂が」

唯「わたしがだよっ」

梓「へえ」

唯先輩はわざとらしく四角いバスケットを掲げた。

37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:10:30.34 ID:egaKirXto

梓「あ、そういえば、わたし、朝ごはんまだでした」

唯「はい」

梓「どうも」

わたしの手にはスニッカーズ。
それをもぐもぐ。

唯「お昼じゃないとあーげないよっ」

梓「むう……」



38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:10:57.94 ID:egaKirXto

唯「それにね、こっそりならへいきだよ」

梓「なにがですか」

唯「ここで雨宿りしてることにして、こっそりピクニックに行くんだよっ。そうすれば誰にも文句言われないよ」

梓「文句言ってるのはわたしなんですけどね」

唯「じゃああずにゃんにも秘密にしよう」

梓「わっ……ちょっとなんですか」

唯「えへへー。見えないね」

梓「外してくださいよ」

頭になんか巻かれた。
視界が黒色でいっぱいになった。

39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:11:25.95 ID:egaKirXto

唯「こっちだよこっちー」

わたしは素直に声のする方に歩いていく。
ふらふら……ふら。

梓「いじわるしないでくださいよー」

ふらふら……ふらふら……。

梓「あっ」

つまづいた。
そして、予想通りのなんだか柔らかいやつ。。
ぽすっ。
収まった。

唯「おおっ。あずにゃんから抱きついてきたー」

梓「ず、ずるいですっ。事故ですよ」

唯「えへへー」

唯先輩はわたしの頭をなでた。
こどもみたいに扱わないでくださいって、頬を膨らませて怒る。
目隠しが外された。
唯先輩の顔がすぐそばにあった。

40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:11:59.72 ID:egaKirXto

梓「はあ……なんでこんなことに」

唯「あずにゃんが猫だったときは猫耳つけたけど、今はもぐらだからね。あず……もぐらってなんて鳴くんだろ?」

梓「しりませんよ」

唯「あずきーとか」

梓「は?」

唯「もぐら、きーきー泣くかなあって」

梓「おいしそうですね」

唯「小豆?」

梓「みるきー」

唯「なめたい」

梓「ダメですけどね」

迫ってきた唯先輩を押しのける。

梓「唯先輩は獣大好きですね。変態ですか」

唯「えー大好きなのはあずの部分だよ。とにかくもぐらになりたくなかったらピクニックに行こうっ」

梓「……そこまで言うならいいですよ。もぐらがどうとかは関係ないですけど」

唯「やったあっ」

41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:12:28.96 ID:egaKirXto

外に出ると唯先輩の乗ってきたボートがあった。
小さなボートだからわたしたち二人が乗ると揺れて、一度深く沈んだ。
わたしが傘を忘れたことに気づくと、相合傘をしていけばいいよって唯先輩が笑った。
持つくらいしますよって唯先輩の傘をひったくる。
カラフルの傘。

わたしが右のオールで唯先輩は左の。
進まなかったんだ。
唯先輩はさぼってた。
水の中に沈んだ『桜が丘センターパーク』の看板。
他にも憲法がどうとか、なんとかクリニックとか、工事予定地の看板、…………。
水の中で溶けて見えた。
わたしだけがオールを漕ぐから、ボートはくるくる回る。
くるくる、くるくる……くる……くるくるくるくる。

梓「ちゃんと漕いでくださいよっ」

唯「がんばってるあずにゃんを見るのが好きなんだよ。がんばって進まないあずにゃんを見るの」

梓「最低です」

唯先輩のほっぺたをつねって、やっとボートは動き始めた。
なんだ唯先輩のほっぺをつねるのが船の原動力なんだって気がついてずっとそうしていたら、唯先輩は怒ったふりをした。
それで原動力はわたしの体温に変わった。

42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:12:56.20 ID:egaKirXto

梓「ピクニックでどこに行くんですか」

唯「ピクニックと行ったら山だよ山」

梓「山?」

唯「あの山に行こうと思うんだ」

唯先輩の指さした方には山、2つの小さな山が並んでた。
ここからそう遠くもないなとわたしは思った。

唯「おっぱい山って言うんだって聞いたことない?」

梓「ないですよ」

唯「あれ、2つ並んでるのがおっぱいみたいだからそう言うんだってね」

梓「へえ」

43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:13:24.83 ID:egaKirXto

少し後で目的地にたどり着いた。
小さな山で、雨は3分1くらいまで溜まっていた。
そこからは階段を登っていく。

梓「転ばないように気をつけてくださいよ」

唯「わかってる。わかってるー……わっ」

言ったそばから唯先輩は足を滑らした。
同じ傘を2人で持ってたから、わたしも尻餅をついた。
ぱしゃんっ。
水が跳ねて、ちょっと濡れた。

唯「えへへ……すべった」

梓「……はあ」

44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:13:53.16 ID:egaKirXto

そんなふうにして山のてっぺんについた。
そこには木がたった1本生えていた。
中がうつろになった大きな木。

唯「ほら、ここで雨を避けられるよ」

梓「へえ、こんなとこよく知ってましたね」

唯「えへへ。前にね、クラスの子から聞いたんだ。で、ずっとあずにゃんと行きたいと思ってたんだよ」

梓「そうですか」

唯「ね、お昼にしよ」

わたしたちはうつろの中に身を滑りこませた。
ポケモンのビニールシートをしいて、その上にわたしたちは座った。
唯先輩がバスケットに巻かれたビニール袋をはがす。

唯「興味しんしん?」

梓「べつに」

唯「どうぞ、粗品ですが」

梓「それ、違いません?」

45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:14:21.89 ID:egaKirXto

バスケットの中身はサンドイッチだった。
唯先輩から1つ受け取る。
四角いと三角の間みたいな形をしていた。

梓「変な形ですね」

唯「ちょーっと、失敗しちゃったんだ。でも味は保証するよっ」

梓「では、いただたきます」

サンドイッチを口に挟んだ。
ちょっとだけ湿気っていた。

梓「もぐもぐ……む」

唯「どう?」

梓「おいしいです。意外と」

唯「でしょでしょー自信作ですからっ。どれ、わたしも……おいしいっ」

梓「自分で言っちゃいますか」

唯「だってさ、こういうところで食べるといつもよりずっとおいしく感じるよ」

梓「まあ、でも、サンドイッチ美味しく作れないなんてことはないですよ」

唯「あずにゃんは素直じゃない」

梓「そういうわけじゃ……うっ」

唯「どしたの?」

梓「いや、これなんですか?」

唯「なんだと思う?」

梓「ピーナッツ、チョコレート、キャラメル」

唯「スニッカーズサンドイッチでしたーっ」

梓「……できるじゃないですか」

唯「え?」

梓「おいしくないサンドイッチ」

唯「あずにゃん、ひどいっ」

梓「まあ他のはおいしいですから」

唯「むむ……貸して」

梓「はい」

唯「ぱくりっ…………ん、ホントだ……絶対おいしいと思ったのになあ」

梓「ま、無理がありましたよ」

唯「むー」

46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:15:00.07 ID:egaKirXto

梓「それより何か飲むものありませんか? 口の中がベタついて」

唯「はい」

梓「ごくごく……ん、なんで炭酸なんですか」

唯「雨の日はペップシコーラ♪って」

梓「それって毎日じゃないですか」

唯「雨の日はあっずにゃんと一緒にー♪」

唯先輩は目の前に広がった雨の海に向かって歌い続けていた。
その声と雨のリズムに包まれて、わたしは……。

47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:15:28.14 ID:egaKirXto

気がつくと、夕暮れだった。
まだ眠気が残っていた
隣を見ると唯先輩も寝ていてわたしが体を動かすと、むにゃむにゃとかなんか言って、起きた。

梓「寝ちゃいましたね」

唯「そうだねー」

梓「唯先輩はいつまで起きてたんですか」

唯「ついさっきまでだよ」

梓「すいません……寝ちゃって」

唯「いいんだよ。あずにゃんの寝顔もよかったよ」

梓「む……」

ほっぺたが濡れていた。
わたしは唯先輩をにらんだ。

唯「それは、雨だよ」

梓「なにも言ってないのによくわかりますね」

テレパシーだっすごいねって唯先輩はわざとらしく笑った。

梓「ばあか」

唯先輩のほっぺたを思い切りつねった。
オレンジ色になった。
夕日に照らされて、きらきら輝くあの巨大な水溜りと同じ色。

48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:15:57.13 ID:egaKirXto

唯「か、かえろ」

梓「逃げるんですか」

唯「もう、遅いから、しかたないんだよ」

わたしたちはシートとかバスケットとかその他のゴミとかいろんなものを片付けた。
外に出るとうつろの中はまた空っぽに戻った。

唯「ちょっとさびしいね」

梓「ですね」

唯「さよならはいつもさびしい」

冗談混じりにわたしにバイバイって手を振る。
わたしはそんなに変な顔をしたんだろうか、唯先輩は小さく笑った。
拾った木の枝で唯先輩が地面に何か書いた。

49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:16:36.74 ID:egaKirXto

唯「でもさ、こうすればいなくならないよ」

それは相合い傘だった。
中心線の左側には平沢唯、右にはあずにゃん。
そんなふうに記してあった。

唯「わたしたちがここから帰ってもわたしたちはここにいるから空っぽじゃないよ」

梓「こんなに雨が降ってるんですよそんなのすぐ消えちゃいますよ」

事実、上から流れる雨水で絵は崩れはじめていた。

唯「消えないよ」

梓「なんでですか」

唯「だって傘だもんっ」

梓「へ? 傘だから雨に負けないとかですか」

唯「違うよ、2人は仲良しだからね」

地面に開いた相合い傘をもう一度見る。
流れる雨水の勢いは強くなっていた。
それなのにまだちゃんと文字が読めた。
にじんでいるのに、消えないんだ。

50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:17:04.10 ID:egaKirXto

唯「じゃあ、今度は帰ろっか」

梓「そうですね」

唯「でもこっそりだよ。わたしたちはホントはここにいるんだから」

梓「行きもこっそり来たくせに」

唯「こっそり来たからこっそり帰るんだよ」

あたりまえだよそんなのー。
唯先輩が言った。

帰り際わたしはずっとあの落書きの方を眺めていた。
残してきたわたしと唯先輩を。
あまりにもそれに気をとられすぎてて、唯先輩に三回も抱きつきを許したほどだった。
消えてないといいなって思った。
そんなのはあり得ないって知ってるけど。

51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:17:31.68 ID:egaKirXto

今もあの小さな山のてっぺんで唯先輩とわたしの二人が笑っているのが見える気がした。
ただ、雨のせいでぼんやりとしか見えないのだけれど。
だから、それはまるで夢の中の景色のようで、ずっと後でわたしは今日の景色をありもしなかった思い出として眺めるような気がした。
昔見た夢を突然思い出すみたいに。
もしかしたら、今まで出会った嘘も本当はあったことなのかもしれないな。
唯先輩がときどき話すくだらない冗談とか、昨日見たえっちな夢とか。
こっそりしたから自分でさえも忘れてしまってるだけで。

唯先輩が発明したこっそりの魔法はきっとあらゆることを現実にしてしまえるだろう。
だけど、それはいつだって雨降りの景色のようにぼんやりとしているのだ。

52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:18:02.31 ID:egaKirXto

※ ※ ※

わたしは布団の中でまだ唯先輩のことを考えている。
時刻は2時で雨が降っていた。
だって、ほら、やっぱり、今日は、ピクニック、向いてないじゃあないですか。
ひとり、呟いた。
隣に唯先輩はいなかったけど、なんか欠けてる感じがした。
ベットはたった一度唯先輩と寝ただけなのに、まるで唯先輩をものにしたかのよう。
それがなんだって言うわけ。
もしかして、わたしの方に原因があるとか。
最近見る悪夢(ってとりあえず言っておこう)にはいつも唯先輩が出てきた。
それに、唯先輩は夢じゃないとこでわたしにお話を聞かせてくれた。
それは唯先輩の空想したユートピアの話でたいていわたしは唯先輩の横でなんだか眠そうにしている。
雨のやまないユートピアなんて、暗くてじめじめしていやですよって、眠くないわたしは言った。
いつかあずにゃんは絶対雨が好きになるよって唯先輩が笑った。


53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:18:29.43 ID:egaKirXto

【おまけの日曜日】

54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:22:34.39 ID:egaKirXto

それで、わたしたちが雨のないの日曜日をどんなふうにすごしたのか……。

わたしがあずにゃんの家に行ったのは午後3時頃でした。
よく晴れた日だったのに昼過ぎまで寝てて、せっかくの日曜日がなあってあずにゃんの家に押しかけました。
幸いあずにゃんは家にいて、もう遅いから遠いところにも行けなくて、適当に街を散歩していました。
わたしは思いついたことを次から次へと喋っていきました。
あずにゃんは聞いているのかいないのかようわかんない顔でうなづく。
帰りにスーパーマーケットによって、憂についでだからと頼まれたものを買って、ちょうどやってたくじを引きました。
2000円で1回。
だから、わたしはちょっと余計にお菓子を買っていった。
憂に怒られちゃうかな。
で、くじを引いた結果は外れでした。
なんもなし。
おしまい。

55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:23:04.20 ID:egaKirXto

唯「外れちゃったねー」

梓「そうですね」

唯「残念賞くらいくれてもいいのに……」

梓「逆に潔いじゃないですか」

唯「そうかな」

梓「残念賞なんていらないじゃないですか」

唯「え、なんて言ったの?……聞いてなかったよ」

梓「なんで聞いてなくいられるんですか」

唯「さっきティッシュ配ってる人がいたからね、もらってたんだ。6個もくれたよっ。いる?」

梓「いりませんよ……くしゅんっ……あ」

唯「はい」

梓「……む……どうも」

ぐじゅじゅ。
あずにゃんは鼻をかみました。

56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:23:31.91 ID:egaKirXto

帰り道、あずにゃんと別れたくなくて公園で一休みしました。
ベンチに座って、わたしはあずにゃんにお話を話した。
雨の話。
これは普段から頭の中でときどきわたしが考えている話。
あずにゃんのために考えた話。
でも、本当は話すつもりなんてありませんでした。
ただ、あずにゃんがすごく困ったってたから、なにかしてあげたいと思ってたんです。
でも、うまくはいかなかったかな。
頭の中のことを話すことはいけないことだそうです。
頭の中のことはきもちわるいらしいからです。
たしかに脳みそとかそういうのはわたしもテレビとかで見ただけだけど、ねばねばとかしてきもちわるい感じがします。
でも、あずにゃんはいつも最後までわたしの話を聞いてくれる。
なんで、そんなにあずにゃんに聞いてもらいたかったんだろう?

57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:23:59.72 ID:egaKirXto

唯「どうして、わたしはあずにゃんが好きになったのかな」

梓「さあ、そんなの知るわけないじゃないですか」

唯「くじびきだったのかな」

梓「くじびき?」

唯「たまたまくじびきであずにゃんを好きになるよう決まったとか」

梓「なんですかそれ」

唯「でも、それならきっと当たりくじだったね」

梓「みんな自分のひいたくじは当たりだと思いたいんですよ」

唯「そうかなあ。じゃあ、はずれ?」

梓「じゃないといいですよね」

唯「でも、くじびきで好きになったんなら、それはよかったよね。はずれでも」

梓「なんでですか?」

唯「だって、あずにゃんのこと嫌いになれないよ」

梓「そう……ですか?」

唯「あずにゃんのこと好きになったのは、かわいいからでも優しいからでもかっこいいからでも頭いいからでも抱き心地がいいからでもないなら、あずにゃんよりずっとかわいくて優しくてかっこよくて頭よくて抱き心地がいい誰かが現れてもね、ずっとあずにゃんが一番好きでいられるよ」

梓「ふうん」

唯「ね、どう思う?」

梓「ださいですよ」

唯「そうかな」

梓「もし、明後日わたしよりもずっとすごいそいつに同じことを言ってたらださいです」

唯「言ってないなら?」

梓「そりゃあ、少しはかっこいいですけど」

唯「じゃあ、かっこよくなれちゃうようがんばろうかうなあ」

梓「好きにしてください」

唯「それはさ、わたしを唯先輩でメロメロにしてくださいってこと?」

梓「違いますよ」

唯「うそつき」

梓「そんなことないです……」

嫌になっちゃうくらい(ってあずにゃんは言う)雨があったから、もうわたしたちは雨を思い出さなくても平気なんだね。

唯「いい意味でだよ?」

あずにゃんは眠たそうな声で、どうでもいいですって言う。
眠いのと照れてるのはそっくりなんだとわたしはこっそり思っていたのでした。

58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:25:34.43 ID:egaKirXto

【傘は1本だけ持って】

59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:26:01.36 ID:egaKirXto

突然だけど雨が降り続いてたというのは嘘だ。
ホントは雨はわたしの頭の中だけで降っていた。
それは病気みたいなものだった。
ずっと、頭の中で雨の音が聞こえる。
壊れたCDプレイヤーのように。
ざあああああ……ざあああああ…………繰り返し。

60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:26:29.25 ID:egaKirXto

そんなふうになったのはつい最近のことだった。
それで、わたしは怖くなってここのところずっと学校を休んでいた。
唯先輩はそんなわたしのために1つの物語をこしらえてくれた。
最終的にわたしが雨を好きになって、学校に行けるようになるためだけの物語を。
その物語をわたしたちが演じたのかっていうのは問題じゃないと思う。
実際、本当のこともあれば、まったくの嘘のこともある。あるいは後から嘘に本当を無理やり追いつかせたってこともあるかもしれない。
でも、何もかもフィクションってわけでもないんだ。
少なくとも、今、唯先輩はわたしの家にいてわたしの朝食を荒らしている。
今日は月曜日。
わたしは学校を休まなかった。

そうそう、この物語が例えば、わたしへの薬だとするなら、副作用がひとつ。
最後には……つまり、物語のおしまいにはわたしが唯先輩が好きになるようになっているということだ。
唯先輩がそういうふうに決めた。
まあ、それならそれでしかたない。


61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:27:09.27 ID:egaKirXto

※ ※ ※

学校に行った。
ずいぶん久しぶりのことだった。
今日の夜、ライブがあってそのための最後の練習をするためだ。
とはいっても教室には行かずに部室にいた。
わたしは別にどこに行ったってよかったけど、唯先輩がこんなふうに言ったからだ。

唯「あずにゃんは部室にいていいよ」

梓「別にいいですよ。そんなに学校が嫌なわけじゃないですし」

唯「そんなそんなー。強がっちゃってさ」

梓「別に……そんなことないのに」

それでしかたなくひとり、ギターを弾いていた。

ライブは第三講堂(新しく作って水の上に浮いている)でやることになった。
ちょっとしたハプニングがあった。
なんでも電気がつかないらしいのだ。
別に電気が通ってないわけじゃなくて、いきなりつかなくなってしまったらしいのだ。
電気食い虫だっ。
唯先輩は言った。

62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:27:46.76 ID:egaKirXto

夜。
結局暗いところで、小さな灯りを頼りに決行することになった。
観客の姿さえ見えない。
もしかしたら観客なんかいないんじゃないかなってちょっと思った。
それはそれでなんだかおかしいな。
わたしはちょっと笑ってしまって、暗くてよかった、って思った。
ドラムの音がして、唯先輩の声や澪先輩の声がして、キーボードが鳴って、ギターを弾いた。
薄暗くて手元がよく見えないからわたしたちは何度も失敗をして――。

演奏が終わった。
ありがとー。
唯先輩が言った。
拍手が起こった。
それでちゃんと最後まで聞いてくれた人がいたんだなとわかった。


63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:28:16.05 ID:egaKirXto

その後ちょっとした反省会(ティータイム)をして解散になった。
わたしは来た時と同じように唯先輩のボートに乗っていった。
水に浸された道の電灯はもうずっと前から使い物にならなくてあたりはまた真っ暗だった。
唯先輩が言った。

唯「あずにゃんは暗いの好きだよね」

梓「別に好きじゃないですよ」

唯「だってもぐらだよ」

梓「違いますよ」

64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:28:43.76 ID:egaKirXto

唯「でも暗いところにいるとさ、いつもよりはっきり音が聞こえるよね。だからあずにゃんは穴の中にいてもいいけど、後でこっそり何が聞こえたかこっそり教えてくれたらいいな」

梓「……うるさいんですよ。唯先輩は」

唯「え?」

梓「うるさくて、うるさくて、うるさくて……穴の中にいたって何も聞こえないんですよ。雨の音と唯先輩の声が……だけ。聞こえるんです」

ずっと、なんか、もう、空っぽで。
なのに雨だけはいっぱいで。
そのくせ雲の切れ間から星が見えたりして。

消えちゃえ、ってちょっと思った。

空っぽだから唯先輩の声は二倍にも三倍に膨らんで響いてたんだ。
だから、いつでも無駄に拡張された唯先輩が頭の裏側にひっついていた。
それがずっと離れなくて、わたしは余計いらついて、嬉しくて、どうしようもないや、ってわけで。
もうけっこう前から何も考えてない。
いつの間にかわたしは抜けた顔してる隣の天使にそっくりになってた。

65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:29:15.22 ID:egaKirXto

ねえ、あずにゃん。
その人が喋るから、わたしは。
昨日も、あずにゃんが好きなったよ。ね、大丈夫だよ。
唯先輩は無邪気な顔で嘘をつく。
わたしは、たぶん、もう唯先輩を思い出さない。
それは予感で、予言で、願望だった。

傘と雨は仲良しだねっなんて、そんなあたりまえのことで魔法にかかった。
いや魔法なんかじゃないな、これは。
詐欺だよ詐欺。
騙されたんだ。
唯先輩がわたしをいろんな方法で混乱させるから、たいていのことはわかんなくなっちゃって。
だから、このままでもいいやって、大丈夫だって言うならそうなのかもなあって、そんなふうに思ってしまったんだ。
それはたぶん間違えで……。
ま、いっか。
別れ際に言った。

梓「……明日も迎えに来て欲しいです」

唯先輩は一瞬、きょとんとして、すぐに満面の笑みをした。
じゃあ、明日ねっ!!!!!
ばかみたいに、もう手とか要らないって思ってるんじゃあないかって心配になるくらいに、手をぶんぶん振った。
わたしは、また明日って3回言った。
また明日、また明日、また明日………………繰り返し。

66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:30:38.26 ID:egaKirXto

※ ※ ※

こっちでは、物語の最後の部分が終わって、唯先輩は何かわたしが言うのを待ってる。
わたしは言った。

梓「もっと聞きたいです」

頭の中で雨音が聞こえていた。

67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:31:52.95 ID:egaKirXto

※ ※ ※

次の日、約束どおり唯先輩はわたしを迎えに来た。

唯「あずにゃん、傘は?」

梓「唯先輩が持ってるじゃないですか」

唯「あ、そっか」

じゃあ、いこうっ。遅刻しないうちにね。
唯先輩が言った。

梓「……って漕いでくださいっ」

唯「えー。疲れたあ」

またボートはずっと同じ所をくるくる、くるくるくる……くるくる……くるくる、くる…………くる……。
叱責したりなだめたり抱きつかせたり、唯先輩になんとかオールを持たせてやっとボートは前に進み始める。
雨が降っていた。
70センチ傘の下でわたしたちは少し濡れた。
それでも、傘は1本だけ持って――。


68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします:2012/08/22(水) 01:32:20.81 ID:egaKirXto
おしまいです
投下が遅くなってすいません
posted by SS勇者 at 00:00| Comment(0) | けいおん!
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: